2018年6月はイギリスのEU離脱の過程で非常に重要な一ヵ月となりました。離脱金の交渉に始まり、政権維持も危ぶまれていたEU離脱法案をめぐる保守党内の対立も修正案の可決によりまた新たな局面を迎えています。
そんな中で現政権は、EU離脱問題とともにイギリス国内で最も関心の高い問題のひとつである、National Health Service(通称NHS)の財政問題改善の動きに向けた発言をし始めています。
またその流れの中で、先日14日にはイギリス内務省から就労ビザの中でもTier 2 GeneralカテゴリでNHSで働く医師や看護師の受入数の制限を緩和することを正式に決定・発表しました。
そこで今回は、今回規制緩和が発表された医師・看護師のTier 2ビザ申請についてお伝えいたします。
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2018年6月14日に発表された今回の非EEA国籍者の医師・看護師のビザ申請に関する規制緩和についてはイギリス政府が抱える二つの大きな政治的課題が関わっています。
ひとつは年々厳しさが増す移民削減政策です。特に就労ビザであるTier 2ビザに関しては年間の受入れ数もイミグレーションルールによって制限されビザ保有者のみならず雇用主であるスポンサーも内務省(Home Office)の厳しい監視下で管理されています。
保守党政権下ではこの移民の受入れ者数を年間10万人以下にすることを掲げ、その目標達成のために様々なキャンペーンを展開してきました。EU離脱問題も大きな焦点となっているのは移民政策であることは言うまでもありません。
現在のイミグレーションルールでは、日本人をはじめとする非EEA国籍者がイギリス国外から就労(Tier 2)ビザを申請する場合、Tier 2の中でも現地採用者ビザであるTier 2 Generalカテゴリは年間受入数が20,700までと制限されています(※企業間異動者ビザであるTier 2 Intra-Company Transferビザは対象外です)。
この数は月ごとに分配され、4月から9月は毎月2,000件、10月から1月は1,500件/月、2月は1,000件、3月では2,200件と上限が決まっており、制限することによってイギリス国外からの技能労働移民の数をコントロールすることが狙いです。
この上限設定によってTier 2 Generalは受入数に制限が課せられてきましたが、それがイギリスの労働者市場に決定的な打撃を与えるまでの状況を引き起こすことはほとんどありませんでした。
ところが、昨年秋からはこの上限があるために多くのTier 2 General申請が申請できず、中には数か月間もの間受入枠の空きを待ち続けなくてはならない状況が生まれています。年度があらたまった4月以降もこの状況は続いており、6月の時点でもTier 2の受入れ枠を待つ申請者の数が累積しています。
受け入れ制限数の導入はそもそも移民数を制限し、コントロールしていくことが目的なため、申請待ちができてしまうような現在の状況はイギリス政府にとっては全く問題にはなりません。
しかし、現在も続くこの状況を生んでいる大きな原因のひとつとしてTier 2 Generalの枠申請のうち40%を医師・看護師が占めていたこと、またこの5か月の間には医師・看護師の職種だけで2,360件もの申請が上限枠を理由に却下された(6月14日付:BBC news よりhttps://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-44477095 )ことから、この上限枠設定がイギリスが抱える政治的課題に深く関わっていたのです。
その政治的課題とは、国民医療サービス(National Health Service、以下NHS)の長年にわたる財政難、そして人材不足です。
イギリスのNHSは、国民はもとよりイギリスに滞在する外国人であっても無料で治療を受けることができる保険医療システムとして発足しました。主な財源は税金・政府からの拠出金となりますが、近年は高齢化など膨れ上がるニーズに反して財政難とそれに伴う人材不足で問題が深刻化し国民の多くが不満を抱えるようになっています。
そうした中で、無料の医療サービス目的で来英する移民が後を絶たないとしてNHSの抱える問題の原因を移民数の増大と関連づけ問題視する向きがでてきました。
そこで対応策として2015年、非EEA国籍者で6か月以上イギリスに滞在する者に対してビザ申請時にImmigration Health Surcharge(IHS)と呼ばれる所定の計算式によって算出された金額をNHSの利用費としてビザ審査費用とは別に支払うことが義務づけられました。移民にIHSの支払い義務付けたことで、NHSは新たな財源を得たことになりますが、しかしこれで問題が解消されたわけではありません。
さらに以前から人材不足のために陥っているNHSの深刻な状況は、2016年にEU離脱が決定してからというものますます悪化していくとみられています。
現在すでに不足している状況で、今後EU離脱によってこれまでNHSで医療サービス、特に医師・看護師として従事していたEU国籍者たちがイギリスを去ってしまった場合、人材確保は困難を極めイギリス国内のNHSは立ち行かなくなってしまうことが容易に予想されます。
イギリス国内の労働市場で賄うことができない部分を非EEA国籍の労働者で補っていくことがTier 2 Generalビザの本来の目的です。NHSではイギリス・EU国籍はもちろん、ビザを有する非EEA国籍の医療従事者が勤務していていますが、それでも現在、数万人規模での医師・看護師の不足が指摘されているほどに人材不足は切実な問題となっているのです。
こうした深刻な人材不足から、医師・看護師の職種はShortage OccupationとしてTier 2 General申請の際は受入れ数に上限枠があったとしても、優先的に割り当てられるようになっています。
ところが、先にも述べたように昨年秋からの状況ではShortage Occupationとしての優先枠があったとしても、それでもなおTier 2 Generalの受入れ枠に上限が設定されているために医師・看護師の申請が滞っているという状況が発生しています。
そこで、内務省はNHSで勤務する医師・看護師の申請についてはTier 2 Generalの申請上限枠の対象外とすることを決定し、逼迫した人材不足への対応策のひとつとしました。少しでも多くの医師・看護師を確保し、人材不足に充てるために、これまで緩めることのなかったTier 2 Generalカテゴリで、一部職種限定とはいえ緩和の方向に踏み切ったのです。
EU離脱問題をめぐって政権内でも対立があり不安定な状態が続く中、ウィンドラッシュ世代に対する内務省の不祥事が明るみになるなど、これまでのように強引とも思える移民削減政策を推し進めるにはひずみが生まれ、社会システムの中に無理がでてきているようにも見受けられます。
今回の決定はTier 2 Generalの中でも一部の職種に限定して緩和の方向へ変更されるものでしたが、今後ビザ申請システム全体を再編成していく方針であることも発表では触れられていました。
実際に、Tier 2 Generalの申請枠のうち40%を占める医師・看護師の申請が上限枠の対象外となることで、昨年秋からの申請枠の累積が今後は解消に向かっていくように思われます。
とはいえ、イギリスのビザシステム全体が緩和の方向に向かうということではなく、政治動向と国内事情を反映しながら改変を重ねていくため、今後も注意深く見守っていく必要があるでしょう。
イギリスのイミグレーションルールは、ビザ申請のための条件が細かく設定されており、また個々の状況によって当てはまる条件や証明するための必要書類が異なってくるため、時には非常に難解でビザ申請そのものが困難となる場合がでてきてしまいます。
特に就労カテゴリ、Tier 2ビザや起業家ビザの場合は、初回ビザ申請時だけでなく延長時にも細かく条件が設定されており細心の注意が必要です。そのため、初回のビザ申請から渡英後のビザ延長まで専門家との二人三脚の取り組みがイギリス滞在をスムースなものにするための鍵となります。
ASTONSでは、これまでに様々な分野で活躍されるビジネスパーソン、起業家の方々のビザ申請・延長手続きのサポートを提供してまいりました。豊富な経験からイミグレーションルールを分かり易くご説明しながら、申請までの最善の道をアドバイスさせていただいております。
イギリスでの就労、起業や支社設立をお考えの際はぜひ一度弊社までお気軽にお問い合わせください。
イギリスの移民法に特化した経験豊富なスペシャリストが最新の情報を元にアドバイス・申請サポートを提供しております。ビザに関する疑問や不安など、小さなことでもどうぞお気軽に、またお早めにご相談ください。